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781 :BLIZ ◆ZARD8U :2006/01/15(日) 13:22 ID:???
では、投下します。

 覚えているのは彼女の手の温もりと、ほのかな甘さを醸し出した髪の匂い、「サカキ」とい
う名前ぐらいだ。
 僕はそのわずかな手がかりだけで、東京までやってきた。ただ一度、ただ一日だけの出
会いでしかなかった彼女に会うために。
 七月でも特に暑かったあの日のことは決して忘れられない。ここから遥かに離れた沖縄
の西表島で、運命的な出会いを果たしたあの日のことは。
 あの日まで、僕にはこれといった名前などなかった。でも、サカキさんがヤママヤーと
いう素敵な名前をつけてくれた。それから、僕の心の中には彼女が住み着いた。その想い
は日ごとに募り、お母さんを事故で失ってからはその想いに歯止めをかけることができな
くなっていた。
 もう一度会いたい。強く願った気持ちが、彼女が住んでいる東京まで僕を連れてきた原
動力となったのだ。
 ただ、改めて思えば、無謀だったのかもしれない。サカキさんの住所も、電話番号も知
らないのにここまで来たのだから。でも、彼女はこの都会のどこかにいる。それだけを信
じてやって来たのだ。決して諦めるわけには行かない。今の僕を支えているのは「もう一
度会いたい」という、この気持ちだけなのだ。

 気がつけば、東京へ来てからもう一週間が経っていた。
 太陽が西へと傾き、秋風が身体に吹きつけている。時計を持っていないから正確な時間
は分からないけど、もう夕方のようだ。
 当てもなく街中を歩き続けたけど、今日もサカキさんの姿は見つけられなかった。
 公園であまり美味しくない水を飲むと、ため息まじりに、両側をブロック塀に囲まれた
道をとぼとぼ歩き始めた。とりあえず、今日の寝床を探さなくちゃいけない。この冷たい
秋風を防げる場所を探さなくては。

「ちょっと待ちな!」
 突然、目の前のT字型交差点から、怒気に満ちた声が響いてきた。僕に対して向けられ
た声ではないようだけど、ちょっと気になる。
 何だろう……?
 自分には関係ないと思いつつも、覗きこんでみることにした。

782 :BLIZ ◆ZARD8U :2006/01/15(日) 13:23 ID:???
 何かを囲むようにしてたくさんの人がいるのが見える。男の人もいれば、女の人もいる。
これらの人がブロック塀を囲むようにして立っており、いびつな半円が描かれている。
 今度は半円の中に目をやった。その瞬間、僕は驚きのあまり目をじっと見開いて、その
場を見つめていた。
 サカキさんだ!
 あの日と同じ長い髪、凛とした顔立ち、他の人よりも少し高い背丈、間違いない。自分
が捜し求めていた人に間違いない。
 やっと見つけることができた。
 僕はすぐさま彼女の元へと近付こうとした。しかし、彼女を囲んでいる人達の殺気立っ
た雰囲気がそれを邪魔しようとしている。

「アンタのその人を見下すような目が気に入らないんだよ!」
 彼女を囲んでいる人の中から一人の女の人が、切り裂くような鋭い口調で叫んだ。声色
が同じなので、さっきの叫び声もこの人のものだったのかもしれない。
 色黒で目つきの鋭い女が、サカキさんをキッと睨みつけている。
「かみね子さん、やっちゃって下さい!」
「あぁ、今まで世話になった分、ちゃんとお返しさせてもらうよ!」
 かみね子という名の女が白い歯をむき出しにして、右手を高く上げた。
「お前達! この女を懲らしめてやりな!」
 右手が振り下ろされると同時に、周りを取り囲んでいた人達が、サカキさんに襲いかか
ろうとしている。
 早くしないと、サカキさんが危ない!
 僕は急いで半円の中に飛び込み、彼女を守るように前に立ちはだかった。

「ヤママヤー!」
 背後からサカキさんの叫び声が聞こえた。
 僕のことを覚えてくれていた。それだけで嬉しかった。今まで探し続けていた苦労も全
て吹き飛びそうなくらいだ。
 だとしたら、今の僕にできることは彼女を守ることだけだ。例え、他の奴らよりも幼く、背
丈が低かろうとも、僕はサカキさんを守るんだ!
 僕が現れたことで、サカキさんに襲いかかろうとした連中の動きが、立ち止まっている。
出方を伺っているのだろうか。だとしたら、こっちだって負けるわけにはいかない。
 大きく一度、息を吸い込む。西表島よりも空気は汚れているけど、気合を入れるには十
分だ。

783 :BLIZ ◆ZARD8U :2006/01/15(日) 13:23 ID:???
「サカキさんに指一本でも触れてみろ! ただじゃ置かないからな!」
 声を限りに叫び、自分の目の前にいる連中を睨みつけた。
 ちょっとでも妙なマネをしたら、この研ぎ澄まされた爪で引っかいてやるという気持ち
で満ち溢れているせいか、指先がかぎ状になっている。臨戦態勢は万全だ。

「か、かみね子さん。こいつ、ヤバいですよ!」
「うるさい! 相手はたった一人じゃないか!」
 彼女の怒鳴り声がむなしく響いた。しかし、周りの連中は僕の発した闘気に気圧されて、
戦意喪失気味だ。
「いや、こいつのさっきは他の奴とは桁違いですよ。どんな修羅場を潜り抜けたか知らな
いけど、俺達じゃ太刀打ちできませんよ!」
「おい、逃げよう!」
「あぁ、こんな奴とやりあってもかなわねぇよ」
 一人、また一人と目の前の奴らが慌てて逃げ出していった。もはや残っているのはかみ
ね子だけだ。

「お前はどうするんだ!」
 僕はサカキさんに襲いかかろうとしたかみね子に対して、今まで以上に視線をきつくし
て彼女を睨みつけた。
「サカキさんを傷つけたら、お前のそのきれいな肌にもサカキさんの何倍もの傷がつくこ
とを覚悟しておけ!」
 かみね子は何も言わず黙っている。少しして、彼女は何も言わずにそそくさとその場か
ら逃げ出した。

「すごい! 追い払った!」
 西表島でもサカキさんと一緒だったおさげの女の子が嬉しそうに叫んだ。
 しかし、僕はそれには気を留めず、サカキさんの顔をじっと見つめた。
「ヤママヤー……」
「やっと、やっと会えたんだ……」
 僕は彼女に笑みを浮かべた。不意に彼女の顔が斜めに傾いていった。いや、斜めに傾い
ているのは彼女ではない。僕の方だ。
 次の瞬間、僕は地面に横たわっていた。
「おい! 大丈夫か!」
 サカキさんの叫び声が聴こえたが、薄れ行く意識の中で僕は返事をすることさえできな
かった。

784 :BLIZ ◆ZARD8U :2006/01/15(日) 13:23 ID:???
「うぅ……」
 無意識にこぼれ落ちた言葉とともに、僕はゆっくりと瞳を開けた。しかし、目の前に見
える異常に気が付き、急いで体を起こした。
 僕が目を覚ました場所は、今まで僕が見たことのないものに囲まれた部屋だ。あの壁に
あるものも、自分のお尻の下にある四角いものも得体の知れないものだ。
 あれ、僕は一体……?
 僕は自分の身に起こったことを思い出そうとした。サカキさんを助けようと必死に飛び
出し、守りきることができた。でも、直後に今までの疲れがどっと出て、倒れてしまった
んだ。

 そうだ、サカキさんは……?
 サカキさんに会いたい気持ちが、まだ少しフラフラするにも拘らず、身体をゆっくりと
立ち上がらせた。
「まだ寝てないとダメだ!」
 しかし、一人の中年男性が突然、僕の行く手を遮った。
 強く言い切った言葉とは裏腹に、その人は僕に微笑みかけている。疑うことを知らない
ような穏やかな笑みだ。
「君はまだ体力的に衰弱しきっている。今はゆっくり休んだ方がいい」
 両手を伸ばし、僕の肩に乗せると、今度は優しく語りかけてきた。
「あの、ここは……?」
「ここはちよ様の部屋だ」
 ちよ様? あぁ、サカキさんと一緒にいたおさげの女の子のことか。
「そして、私はちよ様の下でお仕えしている忠吉という者だ」
 僕は忠吉さんの顔をじっと見つめた。穏やかな顔のあちこちにあるしわが中年の渋みを
感じさせる。

「あの、忠吉さん。サカキさんは……?」
「サカキさん? あぁ、彼女はとってもいい人だよ。いつもちよ様と仲良くしてもらって
いるし、私とも親しくしてもらっているからな」
「いや、そういうことじゃなくて。あれから、僕が倒れてからどうなったんですか?」
「何だ、そういうことか。実はキミは一度病院へ運ばれていたんだ。このとき、キミをと
ても大事そうに抱き、病院の中でずっと助かることを祈っていたんだ。でも、身体に異常
がないことが分かり、心から喜んでいたよ」
 サカキさんに心配をかけてしまったことに、僕は申し訳なさを感じた。ただ、それ以上
に僕が無事であることを喜んでくれたことが、とても嬉しかった。

785 :BLIZ ◆ZARD8U :2006/01/15(日) 13:23 ID:???
「あと、彼女の家ではキミの面倒を見ることはできないそうだ。だけど、来年の春になれ
ば、彼女は君と一緒に暮らそうと思っているようだ。それまではここでしばらく暮らすと
いい」
「えっ、いいんですか?」
 突然の申し出に僕は思わず聞き返してしまった。忠吉さんはゆっくりとうなずくと、話
を続けた。
「あぁ、ちよ様もそれを望んでいる。あと、榊さんは今日は帰ったけど、明日キミに会い
に来ると言っていた。だから、今はゆっくり休んで、明日は元気な姿を彼女に見せてやら
ないとな」
 忠吉さんが僕の肩をポンと軽く叩いた。その仕草に促されるように、僕は小さく「はい」
と返事をした。
 本当ならもっと元気よく返事をしたほうが良かったのかもしれない。ただ、僕の疲れた
体がそれを阻んでいた。いや、それだけではない。むしろ、こんなにも温かく受け入れて
くれた忠吉さんやちよちゃんの心遣いがとても嬉しかったことの方が大きい。言葉にでき
ない程の感謝の気持ちを胸に抱きしめていると、不意にいい匂いがどこからか漂ってきた。

「あっ、忠吉さんとマヤーは仲良くしているみたいですね」
 ちよちゃんが何かを持って部屋へとやってきた。どうやらいい匂いはそこから来ている
ようだ。
「マヤー、お腹が空いたでしょ。これを食べて元気を出して」
 どうやら、僕に食事を用意してくれたようだ。まともな食事にありつくのは何日ぶりだ
ろう。思わず一気にがっついてしまった。ただ、一つ気になることがある。
「あの、マヤーっていうのは……?」
「榊さんが名付けてくれたんですよ」
「そうなんだ。とっても素敵な名前だな」
 サカキさんが僕のために名前をつけてくれた、それだけで十分嬉しい。
「さて、ごはんを食べ終わったら、もう一眠りをするといい。明日になれば、榊さんが来
るんだからな」
 早くサカキさんに会いたいと言う気持ちもあったため、笑いながら言った忠吉さんの言
葉に素直に従うことにした。
 待ち遠しい明日のことを考え、幸せな気分に浸りながら、僕は眠りにつくことにした。
 あぁ、早く明日にならないかなぁ。明日になれば、サカキさんに会えるのだから。

(終わり)

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